香菜、頭をよくしてあげよう


きっかけがあって、歌詞について考え込んでいた。

香菜は自分で大切にしたいことだけ細部までこだわって狭い範囲でゆっくり生きている女の子なのではないかなあ。なんとなくでは生きていけずに、そのくせ興味がないことに対しては無だったりして。

香菜の周りをたくさんの人がなんかすごい速さで駆け抜けていって、たまにすれ違うときに「まだそんなところにいるの?」「そんなこといちいち気にしてたら進まないよ」「何がしたいの?」「世界を知ろうとしないの?」そんな言葉が聞こえたり好奇な視線を感じたり。


「僕」もきっとそんな香菜と似ていて、だけど「僕」は世界をとうに諦めている。香菜はまだ世界を諦めることができていない。


香菜は自分が正しいかどうか確証を持てなくて、世界からずれてしまった私だけが間違っていてああ私は馬鹿だなあってそれを深刻に考えているのかいないのかぼんやり過ごすことしか出来なくて、
それを見ている「僕」はこっちおいでって「僕」の中の世界を信じていた頃の自分がかすかに揺さぶられながらも考えていて

リテイクの歌詞のようなことを伝えたくて映画を見せるのだけど、香菜には自分が興味のあることしか響かないから寝ちゃって、伝えたいことは届かなくて、少し孤独を感じたり。

それでも諦めないよって今度は図書館に連れて行くんだ、香菜が生きることに怯えないように頭をよくしてあげるために。


香菜はそれをしらないから、そんなに深く誰かに愛してもらえるなんて思っていないから、「ああ早く抱きしめてくれないかなあ」とか、きっと考えている。

悪道に死す 感想(曲別)

 

「ここがお前の死に場所だ!!」

語りで総統が帰ってきた…!と。来てくれたのね私のヒーローという気持ち(ヤバい)らーらーらーらーのところが「ここで合ったが百年目!!」のメロディーが不穏な雰囲気になっているみたいだった。中野やクリスマス会(茶番)的な朝礼感があった。でも今回は退散しないのでいいなあと思った。同じように対になるものがあるとしたらキャトルの「笑えないなら全て捨て悪道に死ね!」の台詞かなあと思って、それに加えて壊しに来てくれるような狂ったセカイと時計仕掛けの神様はいいなあと思った。初めて聴いたときに終わり方がラルクの何かに似ているなと思ったのだけどぴあのインタビューを読むとやはり何かのオマージュなのらしい。ラルクかは分からない…

 

合唱リーダー深沢

終始(「チコタン歌いましょ」の部分のような)かわいらしい曲調を想像していたのでドコドコしていてびっくりした。高校の教室を思い出した。強くいる努力を私は怠っていて、赤信号を渡っていく勇気はなかったなあと。一日でも休めば行けなくなると毎日毎日教室に行って誰とも話さずぼんやり過ごして帰った。透明人間みたいだった。話がずれた。曲調が少し狂い咲く春の始め方と似ているようでゴリラに行くのに違和感がなかった。チコタンもしんじゃう歌だなあと思った。

 

屠殺屋マン4号

4(死)に拘ったアルバムの4曲目 ということで楽しみにしていた。ゴリラまでのドコドコから少し気の抜けた感じ。歌詞はドロドロ。でもかわいい。私によく似た〜のところで怪人ラボと関わってくるなあと思った。「手作りのマスク」がとても好き。「玩具の王冠」と同義に捉えている。ハリボテ感というか、でも嘘でも信じたら本当なんだよ。だってでも大体のものも嘘だよねえ、お金だって価値を知らないどこかの国の先住民にとってはただの紙切れだし全部嘘だ!(極端)それなら信じたいものを信じていたいよね、私はえんそくがすきです。「おツムが邪魔で上手に笑い続けられなかった」の歌詞がいいなあ。

 

犬死にマクマーフィー

全体のところで触れたようなことを思った。大丈夫を噛み締めた曲です。カッコーの巣の上で、聴きながらあらすじを読むだけで色々考えてしまうので観てみたいです。「世界中へ」のところでロコ…!と思ってしまった。天外へ。 

 

怪人ラボの夜

好き…!上手く伝えられないのがもどかしいけどとても好き。白いテレビやデジデリオやブルーハーツや日々宇宙色や…いろいろな曲がふわふわと思い出されてきてとても切なくて好きです。一番のサビがとても切ないですね… 私が一人で無言でいた教室に教室を出れば長いこと話し込んじゃう男の子が一人いてその人のことを思い出した、元気かな。総統の中にはあの頃と変わってないボクがいて、でも「あの頃の君」と「今の君」ははっきりと分かれていて、それが切ないなあと思いました。君にどこか似たあの娘(集合体の構成員としての一人の「あの娘」)として受け取っていたいなあ。少しでも多く理解できたらいいのに。歌い方に関しては普段は心がこもっていたならそんな気にしないのだけど、意味があるところでしかずらさないのがやっぱり好きだなあと思いました。

 

月光病

行くところまで行った感…!月の光にやられてしまったのですか… いい意味で、とも言い切れないくらいにはトラウマで笑、こわいのにクセになる…(エレホラの転換曲に入れてほしい…)小さいころはじめてマザーグースの詩を読んだときの胸のざわめきと似ています。パラボナがパラボラアンテナのことだったら月みたいだなと思いました。「隠れウサギ様の園」も月なのかな?だとしたらアリスにも繋がるのかなとなんとか…!大人たちがただの月だと思っていたそれは実は発信機にすり替えられてて、エンコ詰められた(から小指の歌を想像したのですが、欠陥のある)子らに電波を送り続けてるのかななどと考えるともう止まらないです。きっとこの曲の全部を理解はできないし、暗闇や霧の中でもやもやしてるんだけどなんかある、よね…と必死に実態を見出すように、ぐるぐるとあれこれ考えながら聴いていくのだろうなあと。

 

そして計画は続く

川崎で一回だけ聴けたのですがもっと生で聴きこんで違いとか見つけたかった。あの日は声を掛けてもらって参加できたり忘れてしまってかなしかった歌詞を教えていただいたり恵まれた日だった。ギターが異聞!と思いました。再録の新世界でも思ったのですがすぐ異聞だと思い込む。異聞がとても好きです。重低音なところとか、りふりっちぽさがところどころにあるような気がしていいなあと思っています。三拍子の手拍子をしたくなるとことか。今日振付を見てにこにこした。軸を持ってるっていいな。それっぽいことをしてもそのままじゃないもん。「それなりやらせておけ」がとてもいい。色々言われて謝りたくないもないのに謝ったりとかもうどうにもならないとき、思考だけはだれにも渡さないからいいやとか中二なことを考えたりするのですがそれが間違ってないのかななどと感じたりしました。

 

キャトル

この曲もとてもとても好き。UFOのような音が入っているのがとてもいい。境目が宇宙なのがとてもすき。分子まで分解されて再構成されるあれ。 狂ったセカイと時計仕掛けの神様をはじめてきいたときの感情と似てるなあと思った。「とうに終わったじゃないの馬鹿」の歌い方がとても好き。あっ待って行く行くー!となる。笑 仄暗いものも歌ってくれるけどぶうさんは『底』にいる訳じゃなくてパラレルワールドからこっちこっちしてくれているイメージなのです。底で待ってくれているのは教祖さん…(そのままで「あたしの負けでいいです」「笑う練習を始めようと思うの」への転換というか、根本を変えなかったことが本当によかったと思っているる)駄目駄目なのですぐこうあたしかわいそうとでもいうようについぶくぶく沈んでいっちゃうのだけど(本当によくない)、あっそうだった私が行きたいのはそっちだった、と北極星みたい。指標です。「あんな世界でよくやってたよね」だとか、きっとマリオのように跳び出して上から見下ろしている感じがとてもいいなと思う。「やり方考えとくから」は自分でなんとかしていかなきゃいけないのはよくわかってるのだけどそう言ってもらえるだけで安心してしまいますね…!嘘だとか夢だとか言われますがそれでいいのだと思うのですよね。「家に返さない」って、カミュカフカと比べるとそれを言えるだけの強さを手にされたのかなあと。「笑えそうかな」は本当によすぎる。走れそうかなとリンクしてしまう。明るい曲なのに今は聴いているとうっすら泣けちゃったりして、でもたぶんライブでは楽しい感情でいっぱいになるのではないかなー。沖縄で聴いたら絶対たのしいのじゃないですか…!

 

 

とりあえず…!なんとか渋谷までに間に合わせたかったのでよかった。おやすみなさい

惡道に死す 感想(全体)

どこに上げるでもなくお手紙にする為でもなく書いていたのだけどせっかく書いたので。初めはPCで打っていたのだけど印刷して手書きで加えていったものを今度は携帯で手打ちしています(要領がわるい)

最近はとても駄目だったので籠ってひたすらに聴いて書きなぐっていた。好きなアルバムになりそうです。

 

まずは全体から。

アリスやモンスターズなど最近のコンセプトは「軸がしっかりあれば外側はどんな形に変えても大丈夫」なのかなということを私は感じ取っていたのだけれど今回はそれと反対とまで言っていいのかな、霞が全面に押し出されたような

あの子やその子に私は今回のアルバムを聴いて帰ってきてほしいと思うのだけど余計なお世話かなあと思いつつも、やはりこっそり思ってしまうのでした。ごめんね

帰ってきてくれたら私は嬉しい。ただね私は提示されたものを受け入れて肯定することでしか生きていけないのです空っぽなので…ツイッター遡るとそれについて考えていたりもするんだけど、違うなって思ったことが殆ど無いの。(他の人にはそれなりにあるのだけど。それは私にとって彼が神様で絶対だからだと思う(ヤバい)、因みに他の人については私の信仰する宗教ではないのでよっぽどのことでなければあれこれ言う資格なんてないので黙っています)だからこんなフィルター厚い私が言っても説得力ないと思うからねここに留めておくね。

 

全体的に強いなというのを思った。「たださみしいおじさんに戻る」から始まる怪人ラボの夜にさえ強さがあった。帰ってきてくれたから大丈夫だなあと思った。あの日の「ボクラは大丈夫です」の言葉がじわじわしてくる。

曲別の感想は新曲のみ書こうと思っていてゴリラは書かないからここに書くけどこの曲はあの方の歌だと思っていて、「置き去りにしてポッキリと折ってしまった」というあの方に「死んでしまっても蘇らせる」って、ねえ。泣いてしまうよ。マクマーフィーも彼を連想していいのかな、してしまっている。

「一人一人走って行こう」やり直しの根本はきっとここまで行かなくてはいけなかったんだ。でも私は今でも間違いではないと思っている。仲間だから手を離すよってすごく好きだよ。だからイーストの君の左手僕の右手などは言いたいことは理解できていたとは思うのだけどでもとてもとてもさみしかった。(前とか後とかの話は私は馬鹿なのでよく分からない…嫌だ…馬鹿は嫌だ…)

たぶん私はカミュカフカの世界観が好きで、それが色濃かった最初の7日間戦争にいつも戻りたがっている。まっさらな状態で目にしていたから今でも最上に思える説も否定できないけれども。だから、好きだったから変えてしまわれることはさみしい。

だけどハルマゲドンの最後辺りに「なんなら今のボクは誰かを引摺り回してどこまでも行けそうだ」とかそんなことを仰っていて、ハルマゲドンや転生で手にしたかった物はそれだったのかなって、だからそれはとても嬉しかった。その強さがほしかったのですね。

「ボクは死を乗り越えてみせた奇跡の人 出来ぬことはない」うっうっそこまで追い込んで大丈夫なのですかとか思ってしまうようええ気持ち悪いごめんなさい だけども相当の覚悟の詰まった歌詞だと私は思っている。あ駄洒落みたい

 

これはおまけだけど、ここまで考えてみて彼が帰ってくることはきっとないのだとやっと思えた。遅いね。ずっと帰ってきてほしかったの、だめだけど。あんなになるまで傷付いた彼はここに帰ってこないでどうやって生きていくのだと今の今まで本気で思っていた。最後のえんそくの語りが改変された時点で分かってたはずなのにねえ 私の知らないところで親友のようにいて下さったならいいなあ。これも余計なお世話なのだけど。でもそれが大丈夫かもしれないと思う箇所をハルマゲドンの中の小さなところで見つけたのできっと大丈夫だと勝手に思っている。

 

そうして手に入れた強さを持って、ずんずん進んで、歌詞カードがだんだん柵に近づいてきていて(連続写真の心霊現象みたいで気付いた時怖かった)目の前まで来たから今壊してるなんだなあと思った。

12まで行って戻るととてもよくて、ずっとぐるぐるしていられるなあと。めっちゃ壊しに来てくれてる。